2019年02月18日

賢治さんと、あいしたひと。

文アルの賢治さんを書きました。
今回は「作家:宮沢賢治のもつ青白い世界」の全ての起点となったのが「一人の男性への思慕」という説を用いて書いたので、自らを修羅とする賢治さん(人間になれない畜生にも落ちれない)のイメージや、日の照らした世界ではなく全てを包む青白い世界を望んだ賢治さん、のイメージはそういうものに落とし込んでます。

賢治さんの他に未明くんとオリジナル司書の俺が出ます。
BLというか……辛い駄文です。(?)

まぁ創作は全部俺用なので、俺の歌を聴け! どうぞ。
<胸に燻る青ざめた血と光と>

 いまおもえば、ぼくの中にはずっと青白い炎が燻っていたんだ。
 少年は司書を前にすると、堰を切ったように話し始めた。


 これは、それとは別の日のはなし。
 談話室で宮沢賢治が一人、レコードをかけていた時の事だ。
 いつもはクラシックのお気に入りを持ち込んでレコードをかけるのだが、今日は談話室に誰かが置き忘れたレコードをかけている。

 クラシックとは違う軽快なサックスの音と、英語の歌詞が流れてくる。
 賢治は英語にはとんと疎かったが、そのサックスの調べと声とは美しいと感じた。

 その音楽に興じている賢治の陶酔を破ったのは、他ならぬ小川未明の言葉だった。

「音楽を聴いてるのか、賢治」

 気付いたら彼はそこにいた。
 どこか冷めた眼で、こちらを見ていた。

 未明が自分の事を好いていないのは、よく知っている。
 だが賢治は別に未明の事を嫌いではなかったから、自然と笑顔でこたえていた。

「うん、誰かが忘れていったレコードをね。普段ぼくはクラシックを聴くんだけど、案外悪くないなぁって思って」
「ふぅん……」

 未明はそういい、賢治の向いに座る。
 レコードのサックスは、ますます調子よく流れていた。

「なぁ、きみ。こっちに来て、何もかいてないんだって?」

 未明は不意にそんな事をいう。
 こっちにきて、つまり図書館に顕在化してから「童話作家:宮沢賢治」が何も書いていない事が、未明には不服なのだろうか。

「うん、こっちに来てから毎日が楽しくてね。中也さんはぼくの作品をいつも誉めてくれるし、光さんも絵とか、彫像とか色々教えてくれる。毎日楽しくて、なかなか書く時間がないんだよ」

 その目を見据えるように、未明は顔を上げる。
 そして一言。

「本当か?」

 そう呟いたものだから、賢治は自然と目を伏せた。

「うん、そうだね。毎日楽しいから。書くモノが、定まらないってのはあるかな。それに、浸食者の事もあるからね。イメージしていたものが、浸食者にふれて消えてしまうってのもあるし、ままならないよね」

 これは本当だった。
 浸食者はどうにも人の心を乱し、こちらの気持ちを陰鬱に押しつぶしていく。
 そうなると、小説のアイディアも書こうという気持ちも何もかも押しつぶされてしまうのだ。

 だがそれでも納得しかねるよう、未明は彼の睨め付ける。
 そして。

「本当は、もう書けないんじゃないのか」

 そんな事を言い捨てて、談話室から出て行く。
 談話室のレコードは、針がつっかえているのだろうか。同じ節を繰り返し、繰り返し流していた。


「だから俺に相談に来たというのか」

 特務司書は賢治にコーヒーを振るまい、そんな事を言う。
 大きなソファーにちょこんと腰掛け、賢治は小さく頷いた。

「はい。あの、ぼく……えーと、分かってるんです、何か。ここにきて、ぼくは『宮沢賢治』である実感がある。詩も、童話も、小説も、自分の言葉だという実感がある。だけど、どうしても……いざ、自分が筆をとると、あのような作品が……思い至らない、書けないんです」

 賢治はコーヒーに砂糖もミルクもいれないまま口をつける。

「それで、あなたに相談というか……ぼくに『欠けているもの』が何か、教えてもらいたいと、そう思って……」

 この図書館では『文豪』という『概念』に相応しい肉体や精神を与え顕在化させる。
 これらの能力をこの場では『錬金術』と呼ばれている……という訳だ。

 だがこの場で顕在化される『文豪』は必ずしも歴史上に実在した本人とは違う状態で現われる。

 たとえば史実では当時の死病であった結核を患っている正岡子規は極めて健康体だし、自ら醜男だと嘆いていた梶井基次郎は誰の目から見ても美男子だろう。
 そういう「コンプレックス」は浸食者との戦いで利用されかねない。
 そのような部分はあえて逆転させる事で、より「文豪としての強さ」を与える事もあると、特務司書は以前語っていた。

 また同時に、本人にとって深いコンプレックスであったり、強い悲しみであったりというものは意図的に「隠す」事もあるのだそうだ。
 これは、特務司書が意図的に隠しておく事もあれば、あまりに悲しみが深すぎて文豪本人が記憶の奥底に封印してしまう事もあるという。

 中原中也の場合、後者だった。
 自分にとって大事な記憶だったからこそ、自分の息子を失った記憶を長らく封印していたのだ。

 そして、宮沢賢治もそうおもっていた。
 今の自分の中には「青い炎」のようなものがないと。

 自分の作品を通して皆が見るという、満月の光に照らされたような青白い世界……。
 それが今の賢治の中にはどこにも無いのだ。
 自分で封印してしまっているのか、あるいは司書が都合が悪いと思って隠してしまったのか定かではないが……。

「賢治は、また……そういう話を書きたいのか?」

 そういわれ、賢治はふと顔をあげる。
 どうなんだろう。

 自分の作品は……青白く、透明な空を見上げ何かを「渇望」するような色があった。
 光り輝く天体にむけて手を伸ばし、何かを求めているようなものがあった。
 それは決して太陽の輝く下の物語ではないと、ずっとそう感じていた。

 岩手という厳しい冬のある土地で、雪の白さと暗さと。
 月の青白さと、そういうものに触れてできた物語で……。

 ……そうして燃やした青白い炎を、周囲は「美しい」と思ってくれていた。
 自分はどうだろう。
 自分はあの炎を、どう見ていたのだろう。

「自分の生き方を、修羅と決めた」

 不意に、司書がそう呟く。
 修羅とは、人ではなく、畜生でもない。邪な心をもつ、人でも畜生でもない生き方だ。
 信心深い賢治は当然知っていた。賢治を知る司書も、当然その意味を知っているのだろう。

「……賢治は、何で自分の『ありかた』を修羅と定めたのかは……覚えているか?」

 その問いかけに、賢治は素直に首を振る。
 修羅とは人間未満という意味だ、人間に至らない、という意味であり邪な心をもつ、ケダモノのような人間の事だ。

 だがどうして自分が「それ」なのだろうか。
 確かに賢治は、童話で描かれるような純粋で透明感のあるような善意の人ではない。
 家が豊かだった部分は犀星や芥川と比べて「恵まれている」と思っていいだろう。レコードを聴く事が出来たのも、若くして良いものを食べれたのも恵まれていたからだ。
 商売をやって失敗し、他人の悪口なんかも言った事がある。

 だがそういう部分はきっと「普通の人間」と言えただろう。
 どうして「修羅」でなければいけなかったのだろうか。

 どうして……。

「あ、れ……」

 賢治の片目から、涙が零れていた。
 いま、何かを思い出しそうだった彼の記憶がそれを「拒んだ」のだ。
 そしてその思いが、涙となって零れたのだ。

 それをみて、司書はふっとため息をついた。

「賢治、それが今のきみの『こたえ』だよ」
「ぼくの……」
「君の中に燃え広がった青い炎、それは天上に広がる月の光のように優しく、誰も拒まないが……決して光の中に出る事が出来ない輝き……で……今の『宮沢賢治』は、まだ思い出さなくてもいい……まだ、必用としてない『蒼』だ」
「そう、なんだ……」

 賢治はそっと、自らの胸に触れる。
 これは痛みだ。鋭いガラスで傷つけられて、未だ抜け無い棘のような痛みだ。
 この図書館でずっと平穏に過ごしていたが、自分はほんとうはこんな「棘」を抱えて生きていたのだろう。

「どうだ、思い出さない方がよかったか? ……何なら今、忘れさせる事も俺ならできる」

 司書の言葉に、賢治は黙って首をふった。

「ううん、大丈夫。今は、ただ胸が痛くて、痛くて、とても苦しいけど……これは、きっとぼくにとってとても大切な思いだから……いつか、自分で思い出すよ」
「……後悔するかもしれないぞ」
「うん、それでも……」

 賢治はふと、空を見る。
 司書の部屋からは天上の星々は見えなかっただろうが……。

「いつかまた、ぼくの知らない『誰か』と……誰かのために、あの青白い星空とともに、行くんだ……銀河鉄道にのって……」

 賢治の顔は、僅かに微笑んでいる。
 司書はその横顔を眺め、ただ黙ってコーヒーを飲むのだった。

 とどのつまり、特務司書というものは「そういうこと」しかできないものなのだという事を、改めて感じながら。
posted by 東吾 at 23:54| ソシャゲ的なゲーム駄文