2019年09月20日

昔語りするヴァルトールとヤマムラさん。

ヤマムラさんもヴァルトールさんも、妻子がいたんだろうな。
そんな過去模造をして、二人が何となくそんな家族の思い出を語る話を書きました。

所帯がある、という過去を俺はあまり書かない方なんですが。
まぁたまにはいっかな!

みたいな感じです。
話はしょっぺぇですが俺の幻覚を一緒に見ようぜ。って感じっす。
シクヨロ〜。
「思い出の味に至らないけれども」

 たき火にくべた鍋からコトコトと野菜の煮える音が聞こえてくる。
 漂ってくるスパイスの香りからシチューの完成が近い事にヴァルトールは気付いていた。

 このヤーナムでは食材が乏しい。
 商人との交流が少ない上、田畑を耕す農夫も牛飼いもかなり少なめだからだ。
 山岳地帯にあるため、塩がとれる場所が少ないというのもあるだろう。

 ヤーナムで作られる料理はどれも塩気が足りずにどこか味気ないものが多かった。
 とりわけシチューは殆ど野菜を煮込んだだけの汁のように思えて、その味の足りないシチューを口にするたびヴァルトールは故郷のシチューを思い出すのだ。

 自分の妻が作った、トマトベースのシチューの味を。
 牛肉と玉葱、ニンジンやジャガイモといった野菜がたっぷりはいったビーフシチューは彼の幼い子供たちも特に気に入っていた。
 普段は野菜嫌いの上の子供が必死になって器をもって、おかわりまでするその味は妻の、最も得意とする料理だった。

 最後にあった時はまだどこか危なっかしい食事のとりかたをしていた上の子は、今はどれくらいの年頃になっているだろうか。
 ようやく歩けるようになった下の子は、自分の事を覚えているだろうか……。

 会いたいと思う。
 会って抱きしめて、妻の愛情を。子供の成長を肌に感じたいとも。
 だが、今更どうして会う事が出来るというのだろうか。

『お父さんは、とても大切な仕事をしているのよ』

 妻は優しい表情で、いつもそう送り出してくれていた。
 官憲隊として治安を守り、悪党と呼ばれる輩を捕縛する事はヴァルトールにとっても誇りであったが、同時に妻と子供たちがそれを正義の仕事だと認識してくれているのも喜ばしい事であった。

 遅くに戻っても、疲れて戻った時も、妻も子供も自分を労ってくれるのだ。

『パパ、今日はどんな悪党をやっつけたの?』

 子供は無邪気に笑って、そう問いかける。
 そんな幼い子供に妻は。

『お父さんはもう疲れているから、明日になさい。さぁ、おやすみ』

 そういって、子供を寝台へ向かわせるのだ。
 それを、ヴァルトールはおいかけて子供と並んで横になり、今日の活躍やどこかで聞いた物語などあれこれ聞かせて、子供を寝かしつける時間が彼の家族との思い出その一欠片であった。

 官憲隊としてはまだ若く失敗も多かったが、それでもその仕事はヴァルターの誇りであった。
 またそれを誇ってくれる妻と子供も、何ごとにも代えがたい理解者だった。

 自分の信じる正義を妻と子供たちも信じてくれている。
 それこそがヴァルトールの自身であり、官憲隊として立ち向かっていく強さであったのだ。

 そう、であったのである。
 だがそれも過去の話だ。

 今の自分はただ、獣に喰われる仲間たちと殉死する事も出来ず無様に生き残り、「獣喰らい」などという穢れた二つ名をもつ身だ。
 ヤーナムに巣くう狂気の根源……自分の部隊にいた連中を死に追い遣った「蟲」を殺しきるまで、どうして故郷に帰る事が出来るというのだ。
 妻の、子供たちの信じた正義の父親が、敗残兵として無様に逃げて生き残った事実など、どうして語る事が出来るというのだ。

 どうして。どうして……。

「長、スープが出来ましたよ。はは、あいかわらず味気ないシチューですけど」

 暖かな湯気のたつシチューをとりわけ、ヤマムラはそれを差し出す。
 その時ふと、ヴァルトールは考えた。
 ヤマムラも自分と同じ年頃か、あるいはもう少し年上だろう。東洋人は顔立ちが幼いので詳しい年齢はわからないが、家族があってもおかしくはあるまい。

「……ヤマムラ、貴公には家族は」

 何気なく聞いた言葉に対して、ヤマムラは何処か遠くを見るような目をすると。

「いました」

 全てを、過去として語った。

「妻と、子供がおりましたが、流行病で亡くなったんです。えぇ、酷い咳が出る病気で……」
「そう、か。悪い事を聞いた」
「いえ、もうだいぶ前の話ですから……」

 ヤマムラはそういいながら、ふぅふぅとシチューに息を吹きかける。
 猫舌である彼は何でも熱いモノをすぐに食べる事が出来ず、冷まして食べるのだ。

「そうすると、この街にはその咳の治療できたのか?」
「あぁ、そういうのもありますが……俺は忌みおりをされたんです」
「忌みおり?」
「……流行病になったのは、妻と子供だけじゃない。俺を含めて10人程度、集落の人間が病になった。その病を広げないため、俺たちは山奥にある小屋に追い立てられたんですよ。大義名分は療養のため。実際は隔離、まぁ……捨てられたんですね。生き残ったのは俺ともう一人ですが、元々病人ですから集落には戻れず……俺は、妻も子も失ったので自暴自棄になって外に出ましたが、あいつは里に恋人を残してきたから、元の里に戻ろうとして殺されました。俺の故郷は、そういう所がある土地だったんですよ」

 あまりに淡々と語るヤマムラの言葉には、哀しみすら感じない。
 それを感じていた時は、とっくに過ぎ去って今はただ一つの事実としてそれを受け入れているのだろうか。
 あるいは、あまりに過酷な運命により感情が麻痺しどこか他人事のように感じてしまっているのかもしれない。

 極限状態におかれると、見て居る景色も何もかもどこか他人が見て居るような光景に思えるのは、よくある事だ。
 ヴァルトールにも、その経験があった。
 それは忘れたい程辛く、この地に彼が留まる理由となった獣狩りの時の事なのだが。

「……そうか、やはり悪い事を聞いた」
「いえ、別にいいんですよ。俺はそれで故郷を捨てた……そうして世界を見る旅をはじめた。貴方にも会えたし、アルフレートにも会えた。俺は、きっとあの鬱屈した集落に閉じ込められているよりこの方が性分にあっていたんですよ」

 ヤマムラはそう行って笑うが、その笑顔はどこか力ない。
 もし、流行病というものがなければ彼は今も良き夫、良き父として故郷に留まっていたのだろうか。

 ……きっとそうなのだろう。
 彼は本来、穏やかな性格なのだから。

「……俺には、故郷に残してきた家族がいる」

 だからだろう、ついそんな事を漏らしてしまったのは。

「妻と、子供が……二人。もう何年もあってない、ひょっとしたら俺が死んだものと思っているかもしれんが……」
「そう、なんですか……」

 ヤマムラはやや驚いたような顔をしてみせたが、すぐに合点がいったような表情を向ける。
 ヴァルトールの年齢なら所帯があるのが普通だろうと思い直したのだろう。

「……なにぶん、長くこの街にいるからな。もう、下の子は俺の顔も覚えてないだろう。妻も俺がいないうちに、他の誰かと婚姻しているかもしれない。便りの一つも出してないからな」
「文の一つもおくってみたらいかがですか」
「……できんよ。死んだ仲間たちのけじめをつけるまで、俺はそうしないつもりだ」

 そこでふっと、ヴァルトールは視線を落とす。

「もし故郷に帰っても、俺の居場所などもうないだろうがな」
「……そんな事ありませんよ」

 その言葉を、すかさずヤマムラが否定した。

「生きていて、また会えるというのは……嬉しいと、思いますよ。もう、会えないと思っていたのなら尚更。生きていて、会えるというのは……」

 そして穏やかに笑うと。

「長、シチューが冷めてしまいますよ。早く食べましょう」

 そういって、シチューを食べ始めるのだった。

「あぁ、そうだな」

 そのシチューは相変わらず味が薄く思い出の味には遠く及ばなかったが、いつもより暖かい気がした。
posted by 東吾 at 10:55| ブラボ